潮が置いていったものを、拾い集める。
台風が過ぎた翌朝、房総半島の海岸には、いつもとは違う匂いが漂う。塩と、湿った木の匂い。夜のあいだに海が運んできたものたちが、渚の線に沿って静かに横たわっている。Keel Lab Blend の素材研究チームが浜へ向かうのは、決まってこういう朝だ。長靴を履き、竹籠を肩にかけ、まだ誰の足跡もない砂の上を歩く。
流木は、ただの木くずではない。かつて山で育ち、川に流され、幾度となく波に洗われ、日に焼かれ、そしてようやくこの渚にたどり着いた——一本一本が、まったく異なる旅の記憶を抱えている。木目の中に刻まれた年輪の乱れ、表皮が剥がれ落ちてなお残る繊維の流れ、塩によって銀色に変わった表面。それらはすべて、人の手では再現できない時間の造形だ。
「削るのではなく、聞くのです。この木がどんな旅をしてきたのか、その声に耳を澄ませてから、はじめて刃を入れる。」
選定の基準は、美しさだけではない。木質がまだ十分に締まっているか、内部に塩分が均等に浸透しているか、そして何より、その木が持つ「表情」がプロダクトとして生かせる形をしているか——研究員たちは一本ずつ手に取り、重さを確かめ、断面に小さく刃を入れて木肌の状態を見極める。選ばれるのは、拾い集めた流木のうちごくわずかだ。海に還すものと、工房へ持ち帰るものを、その場で静かに分けていく。
工房に運ばれた流木は、まず数週間、風通しの良い納屋で乾燥させる。急激な乾燥は木を割ってしまうため、季節の湿度に合わせてゆっくりと水分を抜いていく。この工程こそが、流木を扱う上でもっとも忍耐を要する時間だという。焦らず、木のペースに合わせる——それは、海と共に生きてきたこの土地の職人たちが、代々受け継いできた姿勢でもある。
